らっきーさーふぁー第3章

日々の暮らし、仕事、趣味など、好き勝手に綴るブログです。第3章は2013年10月1日開始!

この春から私が住んでる家は、まだ住み始めて2か月弱ではありますが、実は私が小学5年生まで過ごしていた町でもあります。
現住所から徒歩10分くらいの場所に、かつて住んでいた市営住宅(当時は尾道市じゃなく因島市だったので、因島市の市営住宅です)はありました。
そう、過去形です。
今は駐車場になっており、その市営住宅は存在しません。
それだけじゃなく、町も道もかなりの変化をしており、慣れ親しんだ町であるにもかかわらずほぼ新参者としての生活をしている部分もあります。

そんな幼少期によく遊びに行った場所に行ってみようと思いました。
当時のちょっと遠いお散歩コースでした。
地蔵鼻ってところです。
20150519
ある女性の悲劇の伝説を伝える場所です。
幼い頃はそんなこと全然気にせずに遊びに行ってましたけど。

崖の上から少しずつ、海岸に向かって降りていくと、たくさんのお地蔵様が。
20150519
お地蔵様を供養する場所なので、あちこちからやって来ています。
不謹慎かもしれないけど壮観ですね。
役目を終えられてこちらに集まって来られたようで…お疲れ様でした。

ちょうど潮が引いていたので、最接近することができました。
20150519
足場がないので、離れての撮影が無理です。
船にでも乗ればいいのでしょうが今回はそこまではしません。

リンク先の写真は満潮の際のようですが、干潮だと碑がこんな感じです。
20150519
天気がよく、波も穏やかです。

帰り道は海岸沿いをひたすら歩くんですが…。
20150519
あ、あれ?
結構遠いですね(汗)。
子供の頃は体力あったから、そんなに遠く感じなかったんですね。

でも、風流な夕暮れ時を迎えることができました。
20150519
瀬戸内海の夕日は、どの場所で見ても本当にきれいです。
海に沈みゆく太陽というよりも、海と島の間に落ちていく感じが、ギラギラしてなくていいのです。
この風景は昔と全然変わってなくて、心の底から懐かしさを覚えました。
やっぱり私が育った町はここ、三庄だと再認識しました。
現在、実家は生口島にあり、生口島の風景も好きですけど、原体験的なものは三庄で培われてます。

奇しくも「大阪都構想」というやつが否決されたばかりの日本。
そういうのと比較できる話題とは違うんですが、我が故郷因島も吸収合併によって、因島市という名前を失いました。
せめて島の名前は残そうということになり、実家のある洲江町は「因島市洲江町」から「尾道市因島洲江町」となりました。
島の名前が消えなかったのはいいけど、なんかダサさをぬぐえないそのネーミングに対し、微妙な感情を抱いたものです。
そもそも洲江町は因島市ではあったけど因島にはなく生口島にあったので、違和感も重なってさらに微妙でした。

そんな日から間もなく10年ですが、大阪都構想の住民投票のニュースで私が思い出したのは、ダサい名前の住所になってしまった広島県の故郷のことでありました…故郷というか、現住所なんですけど。
まあ、名前や町の様子が変わってしまっても、きれいな風景がそのままなら、いつでも昔を懐かしむことはできます。
そんなことをしみじみ考えるようになったら年寄りかもと思いつつ、地蔵鼻からの帰宅道が想像以上に遠く、ああ途中まででも車で来るべきだったと、結局年寄化は避けられないことを悟りました(笑)。

次はもっと計画的に行ってみようと思います。
途中まで車で行くとか、崖道用の靴を履くとか。
行き当たりばったりでよく行ってたよな昔は。
小学生ってすごいですね。
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コメント

最近、因島もグーグルアースで自分の実家を見て、あまりのボロさに驚きました。
錆びたトタンとか、ある意味風情がある。(笑)
2015/05/20(水) 12:33:56 | URL | ねくら #- [ 編集 ]
>ねくらさん
ボロなんてそんな…まあ、自宅を上空から見る機会なんてあまりないですよね。
トタンも都会じゃほぼ見ないものなので、貴重な風景ですよ!
2015/05/21(木) 06:32:30 | URL | きょうこ #RqWBMyRA [ 編集 ]
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